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講師内藤のご挨拶

ハーツイーズの理念

「望む人生に踏み出せるよう、あなたの変化をサポートします」

ここを訪ねてくださった方が、自分の人生に踏み出せますように…。
そんな変化をサポートすることを使命と感じています。

セラピーの現場ではとことんお付き合いし
必要な人にサポートできる人材を育てるスクールを通して、
その使命を実践しています。

「ハーツイーズ」の名前は、
「こころが安らぐ」という意味を持つ原種の「三色すみれ」からいただきました。
シンボルマークも、三色のすみれをイメージしました。

色は、ブルー、イエロー、レッドの三原色の重なりからあらゆる色を作ります。
そして、色は人の可能性と個性を映し出します。

いわば3色とは、可能性の源なのです。
色と心理学をかけ合わせた「3色カラコロジー」という本も書きました。

ご自身の可能性に気づき、自信を持って生きる方が増え、
社会が活性することを願っています。

        ハーツイーズ 主宰 内藤由貴子


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はじめまして、内藤です

講師 内藤

はじめまして!このサイトを訪れてくださって、
本当にありがとうございます。

ハーツイーズを主宰します。内藤由貴子です。

早いもので、私がオーラソーマと本格的に関わりはじめて15年以上の月日が経ちました。

最初のレベル1を学んだのが、1997年のこと。
当時は、ゆっくりと進級せざるを得ず、3年かかってようやくレベル3まで終えました。

しかし、99年に初めてイギリスのオーラソーマのアカデミーに行って、はっきりとティーチャーを目指すことに決めた後からは、 不思議に早いスピードで、オーラソーマに本当にかかわることとなり、今にいたります。

その経過をざっとお話すると、99年から、デパート内でやっているオーラソーマのサロンにて、スタッフとして、 有料のコンサルテーションを開始、カラーケアコンサルタントの第一歩を踏み出しました。

2000年にレベル1を教える資格、ティーチャー1を取得。
ハーツイーズを設立後、レベル2を教える資格、ティーチャー2を取得。
2001年に、レベル3を教える資格、ティーチャー3を取得しました。

コンサルテーションの件数は、だいぶ前に1万件を超え、教えたクラスは、200数十クラス、少人数で教えていたにもかかわらず、 既にご縁があった生徒さんは600人を超えました。

そんな方の中には、既にティーチャーになった方、ご自分でサロンを持たれた方など、オーラソーマを仕事にしている方は少なくありません。

仕事でなくても、ハーツイーズを人生の乗換駅にしてくださった方も。
たとえば、学んだことがきっかっけで会社員を辞め、癒し系の仕事で独立された人もいます。

それまで、私が何をしていたか
ご興味お持ちいただいたのでしたら、以下をお読みください。


○オーラソーマとの出会い オーラソーマと出会ったのは、当時、就いていた仕事がきっかけでした。
私の前職は、百貨店の社員でした。
オーラソーマと出会った時、店に併設したカルチャースクールで講座の開発をしており、いつものように新しい講座のためのネタ探しをしていた時でした。

1995年のころ、ある女性誌を見ていたら、グラビアにきれいな色のボトルの写真が並んでいるのです。

光を透かしてくる透明感のある色、色、色…。一目で引きつけられました。

記事を読むと、選んだボトルの色で自分のことがわかるのだ、と書いてありました。

当時、私なりに定義していたカルチャースクールとは、「自分探しの場」。

しかも、私は、色彩関連でカラーコーディネーターなどの資格取得なども担当していました。

これは、色で自分探しができる方法なら…と、即、講座化することにしました。

97年の4月からスタートした「カラーセラピー」講座は、夜の講座にも関わらず、かなり盛況でした。

○オーラソーマを学ぶことになったわけ

「カラーセラピー講座」をスタートさせたすぐ翌月、私にとって、とんでもないことが起こりました。
会議で上司が「まだ、極秘だが、このカルチャーを今年の暮れに閉めることになった」、と言うのです。

青天の霹靂とはこういうことでしょうか。

実は、私はその仕事が「天職」だと思って、仕事が好きで仕方なかったのです。
本当にワーカホリック状態で、無理もしたせいか、大病を患い、2度も休職してしまいました。

しかし、療養のための休職中も、企画を考え、復帰したら何をしよう…とばかり考えるありさま。

もともと仕事による自己実現を望んで選んだ会社でしたが、それまでの部署がしっくり来なくて、
ずいぶん悩んだ末に何とか異動できた場でした。

ようやく、自分の企画で、資格などを機会に「人の人生に生きがいをもたらせること」に、仕事も、のりに乗っていた時です。

カルチャー閉鎖の知らせの後、自分の意志で秋で辞めることにしました。

オーラソーマを学ぼうと思った理由は、長く働いた「自分へのご褒美」。仕事にするためではありませんでした。

○オーラソーマを仕事にするということ

レベル1を終えた時です。
授業の前後にお会いした人が、私の顔がゆるんだように変わったというのです。。

わけもわからず過ごした6日間でしたが、何かが自分を変え始めていたようです。
しかし、レベル1受講後、社会の経済状況が思わしくなく、次の転職先を探すのが先と思って、はすぐに進級しませんでした。

1998年の春から別の会社に転職しましたが、翌年、経営状態がダウンし、1年で退社、
なんとか、レベル3とカウンセリングスキルまで受けていたのですが、このころから、ある覚悟が出来ました。

「どうも、私がオーラソーマと出会ってから、普通の会社員でいさせてもらえなくなっているような気がする。それならば、一度、これに向き会わなければ、私の人生は、回っていかないのでは?」と考えるに至りました。

私にとって、次の仕事への扉は、会社員は閉じられ、空いているのはオーラソーマの扉だけだったと感じたのです。

1999年より、コンサルテーションをどんどん行うようになり、
講師活動はカルチャースクールで始め、柏にハーツイーズを立ち上げ後、
カルチャースクールの生徒さんがもっとオーラソーマを知りたいとコースへ参加を希望されるようになりました。

2001年には、私が通っていたスクールから講師として依頼を受け、東京だけでなく、
札幌から四国まで出張でもコースをする機会をいただき、私にとっては、ティーチャーのキャリアを積む 良い経験をさせていただきました。

2002年にHPを開き、雑誌「Ray」に書く機会を得ました。

2003年には、完全に独立。新年、オフィスで一人、北風が叫ぶ音を聞いてどうなるかしら…と思いました。いいタイミングで地域に広告が出せて、自分で生徒さんを集めることができるようになりました。

2006年に今の駒込に移転すると、地域が広がり、沖縄や北海道からも参加されるようになりました。

私は、無理はしませんでしたが、思い切って踏み出した結果、何とかこれまでやって来られました。

ハーツイーズにかかわってくださった受講生やクライアントの皆さんのおかげです。
深く感謝いたします。ありがとうございました。

〇著書 「モヤモヤから自由になる 3色カラコロジー」(青春出版社・青春文庫)
〇資格など
英国ASIACT 認定オーラソーマ・ティーチャー
 (レベル1〜レベル3 及び PPSコースを教えるライセンスがあります)

一般社団法人 フラワーフォトセラピー協会 代表理事 シニアティーチャー・セラピスト
日本ホリスティック医学協会 専門会員
日本交流分析協会 認定交流分析士
AEAJ(日本アロマ環境協会)       アロマテラピーアドバイザー
JMHA(日本メディカルハーブ協会)認定 メディカルハーバルセラピスト
溝口メンタルセラピストスクール認定   心理カウンセラー


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